2021/03/11 19:55
僕はテレビと電話通話が一番嫌いです!
なので、普段電話かかってくる方とは仕事をしないようにしてますし、電話をかけてくる人と仲良くはしたく有りません。理由は自分の仕事している時間を完璧に突然ぶったぎって来るからです。ま、これは個人的なことでして、ですから情報というのはラジオとかネットに頼っています。
先週浅草橋のガード下の蕎麦屋で蕎麦をすすっていたら、10年前の東北で起きた悲劇。ある小学校のことを話してました。津波で多くの児童が亡くなったのでニュースにもなって皆さん詳しいかもしれませんが、僕はよく知りませんでした。生存者の児童からの聞き取り調査でのこと。あの時、子どもの中で「山さ逃げよう!」と言った児童がいたと言います。それを止めたのは教師でした。結果、100人近くの犠牲を出したのですが、その真偽はともかく、蕎麦をすする手を止めて聞き入ってしまったのでした。何だか、深く自己も省みて、人を教える立場にいる自分の事と照らし合わせて考えてしまったのでした。
人を指導、導く事の重大さ、大きさ、影響力。人の命をも左右する判断。
東京でも同じことが起こったら僕は瞬間的にどうするのだろうかと。

話は変わって、趙之謙のこの印は奥さんを失った悲痛のなかで刻したものとされています。半ば殺された家族を思い刻印した悲翁の波瀾万丈の人生と色んな事を思い重ねながら、本日は静かに合掌することに致しましょう。
そして、10年前の今日、僕は池袋のサンシャインシティの展覧会会場前に居ました。その時、壁が天井から脇から落ちてくるのを見ていました。茫然と。怖いという、おばさま3人を柱に寄るな、中心に集まれと声をだし、グラウンドまで案内しました。そして、電車が止まりましたから帰れず。解放していた池袋の専門学校で一晩御一緒したのでした。懐かしい思い出です。書道をされていたその方はそのあと筆を持つのをお止めになりました。そんなことを思い出してます。